鬼才 押見修造の個性的過ぎる作品

吉崎麻理と小森功

本来の立ち位置は

物語を読み進めていく中で更に判明する新事実が出てきた。それは小森功は元々『吉崎麻理』なる人物のことを知らず、そして吉崎麻理こそ『小森功を監視していた』という点だったのです。まさに最初の展開を全て否定する内容となっている、功本人のライフスタイルについては相違ない。しかしそれらは全て功ではなく、麻里の中にいるとされる功の魂の記憶であったと予測が出来る。

現在までにその部分まで真実は明らかになっていませんが、物語が進んで行くとあったはずの前提条件が簡単に覆されてしまい、方々で考察していた人たちは予想だにしない展開に驚きを隠せないはずだ。逆に言えばそれこそ押見先生の狙いだったのか、とも考えられます。

ありきたりな展開ではなく、入れ替わったと思わせておいて実はヒロインの自作自演だったというのも中々乙なものだ。だがそうなるとどうしてわざわざ小森功という特定の、それも自分と全く異なる人間を人格が乗り移ったとばかりに認識していたのかだ。それも詳細に、そして彼女が彼を演じる上で徹底的までの観察をしていた事も明らかになる。

功を観察する上で

麻里の功を監視する行動はかなり常軌を逸していた。それはもうまさにストーキングと言えるレベルのことばかりで、それこそ彼がコンビニでいつも購入している商品を1つ残らず、間違えずに部屋で買い揃えていたのです。それらを見て愕然とする麻里の中の功だったが、この時から既に何かおかしいと感じる部分があった。それは知らない部屋のはずなのに、何故か部屋の中に‘既視感’を覚えていたのです。それこそ彼女が持っていたレシートの中身全てを暗記しているほどにだ。

これはつまり、彼女がそもそも人格交代せずにそのまま麻里であることを示唆する内容といえます。まだ真実に遠いにしても、読み進めなければ物語を断定するわけには行かなくなります。その後も麻里と依しかしらないはずの秘密を功が知っているなど、説明できない事実が露見していきます。入れ替わっていなかった、ではどうして入れ替わっている振りをする必要があったのかが問題となってくる。

それは彼女の生い立ちにも関係してくるなど、吉崎麻理が誰にも見せたことのない闇の部分が垣間見えてくるのです。

ちらつく老婆と『ふみこ』という名前

今作品において途中から麻里の謎を紐解く鍵となるのが、時折麻里の中にいる功が見たフラッシュバックする『老婆』と、彼女が呼ぶ『ふみこ』という名前だった。これが何を意味しているのか分からなかったが、後にそれが誰で、ふみこという名前が誰のことを指していたのかがはっきりと浮かんできます。そしてこの2つには麻里の母親も強く絡んでおり、その悪夢からずっと長い眠りについてしまったことが今回の事件に繋がっていくのです。

改心する小森功

その頃、肉体の小森功はこれまでの生活を改めて社会復帰しようと励みます。きっかけは麻里への告白による玉砕などが関係し、これからは改めようという始まりを意味していた。麻里の中にいる功が突如としてその存在感を薄めようとしていたのを、依は戸惑いを隠せない。麻里があれだけ監視をして、忠実に再現して逃げるための手段とばかりに生み出した人格の元が、こうも変革しては彼女のあり方を揺るがすことになる。

本来なら社会復帰を喜ぶべき点なのですが、依にすれば麻里を苦しんでいる最中で何1人で前へ歩いて行こうとしているのかという気持ちなのだろう。またここではっきりと、小森功は依や麻里たちが話していた、麻里の中にいるという功の魂という話題についても嘘だと言い放つまでになった。

この瞬間、功はもう彼女たちのからかいには付き合いきれないという離別を意味している。たまらず激情して彼を否定する依でしたが、ここまで来た以上助けなくてはならない、そう決心するまでに至ったのです。

物語の結末は

ここまで来ると正直、どのように物語が落着するのか誰にも分かりません。作者と未来が見える神のみぞ知る、といったところか。ただとりわけ予想していなかった最終回になりそうなのは間違いないだけに、今作の顛末は見逃せない。