鬼才 押見修造の個性的過ぎる作品

これまでの内容として

ただの入れ替わりではない?

先に今作を映画 転校生と同じで『入れ替わり』した男女の関係が描かれているように説明をした。しかし実際のところ、それさえもおかしいと感じる内容で物語は加速しています。最初は引きこもりのニートが女子高生を演じるなんて無理がありすぎ、という意見がほとんどだったはず。それもそのはず、年頃の少女の行動を男性が理解できない部分も多く、色恋沙汰に関してもだが、功は女性なら経験する生理をその身を持って何を意味しているのかを味わった。

ある意味では良い体験といえますが、それでもなんとか戻る方法を探していく中で彼女と自分が遭遇したコンビニへ行くと、そこには自分がいたのです。思い切って声をかけるが、そこで言葉に出したのは他でもない『小森功本人』だった。この瞬間から読者の全てがギョッとしたはず、ただの入れ替わりではないのかと。

そして入れ替わっていないとするなら、麻里は何処へ行ったのか、先にも話したが一番の謎が残るわけだ。それか功の身体にある人格が偽物で麻里が演じているだけかと思われたが、どうやらその可能性もないことが後ほど示唆される。けれど麻里の中の功は正しく自分が『小森功』だと思っているため、あれこれと行動をする。その傍らで依も共にして麻里と功の謎を究明するために動き出す。ただ冷静に考えれば、一体いつ誰が『入れ替わった』と断定したのか、という点が浮かんでくるのです。もしかしたらそう思わせたいがための表現だったのではないかと、そういう仮説も立てられる。

功という人間を考えて

例えば人格を交代させるためにはどうしたらいいか、という点を考える。SFチックな要素が含まれる世界ではないため、そんな大仰なシーンは出てこないことから、超常的な能力を有しているわけではないのは見て取れる。ではもっと物理的な手段を講じたのかと言えば、それもはっきりと言えません。

何故かと言うと、小森功は確かに麻里へ想いを寄せていましたが、生活スタイルや自分自身の問題に苛まれていた最中だったため、人に声をかけるだけの勇気がありませんでした。実際、物語序盤でもこの先どうなるかわからない恐怖に苛まれながらも抜け出せずにいたが、麻里という存在だけを頼りに生きていた。しかし声をかけたりする事も出来ずについていく事しか出来なかった点を見て分かるように、接触した形跡がほとんど見当たらない。

けれどそうとしか考えられないとして、麻里と依は度々小森の元を訪ねるものの、謎は深まるばかり。なぜ麻里の身体に功の人格があるのか、不可解な事が増えるばかりだった。

深まる麻里と依の距離

物語が進行する上で、急激に仲を縮めていったのが麻里と依だ。麻里の中に功と思われる人格が接している点を考えると、依との恋を自覚しているのは功ではないかと思われる。しかし依が見ているのはあくまで『吉崎麻理』であり、彼女以外には見えていないのが理由としてあげられる。

それもそのはず、彼女は麻里との間に2人だけしか知らない秘密を抱え込んでいた。それがあったからこそ、今まで接する機会こそ少なかったが、こうして仲良くなりたかった少女の近くにいられる事実に喜びを隠せずにいられてなかったのでしょう。

幸せ一杯の依、しかし麻里のふとした発言から彼女の中にいると思われる『功』が本物ではないのではと疑うようになっていった。

秘密の共有

それは麻里と依の間だけで交わされた出来事を、何故か功が知っているという事実が浮かんできたのです。話していないことを一言一句知っている時点で、依は麻里の中の功を疑います。読者も見て思ったのでしょうが、ここでようやく吉崎麻理と小森功は人格の入れ替わりはしていなかったという点が疑問点として浮かんでくるわけだ。

またこれらの展開から、今まで功が麻里をストーキングしているように見えたのに対しても、全てが違和感を覚える内容に見えてくるのです。